We can go (6)

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 翌朝、食後のコーヒーを前に、彼女は口を開いた。
「朝から思い出させて悪いんだけどさ、あいつらの遺体、どうなったの?」
 彼女は、一晩中泣き通した自分のひどい顔を気にしながら、遠慮がちに訊ねた。こういう話は、一人生き残ってしまったという思いが強い今の彼には酷であることは解っていたが、後々になって蒸し返すより、早いうちに済ませたほうが傷も浅かろうと思った。少年は、ああ大事なことを言い忘れてました、すみません、と謝罪の言葉を口にしてから、
「お二人の気が消えてしまった後で、現場に戻って確認しました。簡単にですけど、僕がその場に埋葬したんです」
 と少し辛そうに答えた。
「勝手なことをしてすみません。本当はベジータさんだけでもここまでお連れしなきゃいけなかったんでしょうけど、あんまり・・ひどい状態だったので・・・」
 彼は俯いて、消え入りそうな声で続ける。その場の惨状が脳裡に浮かんできたのだろう、彼は膝に置いた拳をわななかせた。
「僕、場所を憶えてます。良ければ掘り起こして・・」
「何言ってるの、そんな必要ないわ。ちょっと確認したかっただけよ。ゴメンね、やな事訊いて」
 彼女は慌てて言い、コーヒーを一口含み、小さく付け加えた。
 あいつは、そんなこと望まないだろうしね。
 戦って、戦って、死んでいった。本望だろう。それに、星を渡り歩くかつての生活を続けていたなら、埋葬など望むべくもなかったかもしれない。
 しばしの沈黙の後、悟飯が口を開いた。
「ベジータさんは、ブルマさん達を守りたかったんでしょうか」
「―え?」
「だって―こんなこと言っちゃ失礼かもしれませんけど、ベジータさんは、地球の人達のことを考えて僕に生き延びるように言ったんじゃないと思うんです。そう思われませんか」
「―――」
「あの人があんな事言うなんて、理由は他に考えられないじゃありませんか」
 彼は手の中のマグカップに目を落とし、思慮深そうな声で静かに続ける。
「ブルマさんは、すごい女性なんですね」
 そう言って、彼は彼女に微笑みかけた。ああこの子、一晩ですごく大人になったんだわ。彼女は、笑い掛けてくる黒い瞳に胸を突かれる。
「さあ、どうかしらね。あいつがそんなこと考えるかしら。サイヤ人の血を絶やすまいとした、とか言う方が―」
 それこそ、無いように思えた。だが、わからない。
「何にしても、無責任よね。自分はさっさと死んじゃってさ」
「そんな―」
「もしそんなこと考えてたんだったら、自分が生き延びりゃいいじゃないの」
「それは―」
「いいのよ。あいつはそういう男なんだから」
 それでも、冷え切った身体の中に、小さな火が灯ったような気がした。
 生き延びることが、お前の闘いだ。
 それは、彼女に向けられた言葉でもあった。ええ、切り抜けてやるわよ。彼女は自分の内側からふつふつと闘志が湧いて来るのを感じる。
 あの男には、死に場所を探しているようなところがあった。生き延びれば何かが変わったのかもしれない。だが今のままでは、どのみち『生きる』ことは出来なかったのではあるまいか。命永らえることは、出来たとしても。だから。
 これでよかったのだと思う。
 彼は逝った。自分は、生き続ける。
「悟飯君、この子がもうちょっと大きくなったらさ、鍛えてやってくれない?」
 彼女は、ソファから滑り降りて、おぼつかない足取りで自分の傍にやってきた息子を抱き上げながら言った。
「いいセン行くんじゃないかしら。ベジータの子なんだし」
「ええ、きっと強くなりますよ。僕なんかよりもずっと。僕、そのこともブルマさんにお話ししなきゃって思ってたんです」
 少年は、しっかりした口調でそう言った。彼なりに、何かを越えたのだろう。託された命の重みに彼が潰されはしまいかという彼女の心配は、どうやら杞憂に終わりそうだった。
 腕の中の幼児のやわらかな頬にキスを落とすと、彼は母親を見上げ、声を上げて笑った。父親そっくりの顔で、父親が見せたことのない表情を浮かべ、遂に彼の父の口からは漏れることのなかった明るい笑い声を立てる。なんか、不思議ね。彼女は腕の中の我が子に奇妙な感動を覚えた。死んでいった男その人を、抱いているような気がした。
 あんたは勝手なやつだったけど。
 息子を膝の上に抱きなおすと、柔らかな重みが馴染み、幼児独特の甘い香りがたちのぼる。
 あんたの肌の熱さを、あたしは忘れない。
 膝の上の息子に、もう一度キスを落とした。嬉しそうな笑い声が転がり、彼女も悟飯もつられて笑う。今はまだ何も知らないこの小さな子供は、彼らに残された光だった。
 やってやろうじゃないの。
 彼女は息子を抱いたまま、椅子から立ち上がった。
 この世界には、まだこの子達がいる。そして、このあたしがいるわ。首を洗って待ってらっしゃい。
 窓外に広がる空は、どこまでも青く澄んでいる。腕の中の子が、そこに何かが見えているのか、小さな手を一生懸命に伸ばした。


 2005.6.1



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